2007年12月12日水曜日

届かない思い

僕の心は芯から虐待児の血に染まっていました。

表面的には親と兄を憎んでいました。

それは殺意と呼んでも構わないほどに。

そして、その気持ちはウソでは無かったと思います。








それでも・・・どこかで諦められない気持ちがあったのだと思います。







あの時は楽しかったはず、とか。

あの時は嬉しかったはず、とか。

あの時は笑っていたはず、とか。

下らない思い出が僕が幸せだったんだと、思い込ませていました。

18年も生きていれば、一日ぐらい親から愛情を貰った日があったかもしれない。

その思い出にすがり、親から愛されていたと思いたかったんだと思います。







殺意を感じる相手から、愛情を受けたい。







激しい矛盾でした。

どちらが本音かと言えばどちらも本音でした。

そして、事実を冷静に見れば僕は間違いなく虐待児だった。

どうして虐待されるかと言えば愛されていなかったから。








感情を取り除いて事実だけを見れば、答えは悲しいほど簡単に出ました。






心の底に堅く封をして、閉じ込めていた小さな希望さえ捨てることになりました。

親からは愛されていなかったのだと認める事。

愛情ではなく虐待を受けて育ったという事。

この事実は僕に惨たらしい程の傷を負わせました。






これを思った時、悲しかったんだ。






本当ならば親は子どもを愛すべきで。

ごく普通の家庭ではそれは当たり前で。

そんな当たり前の事さえして貰えなかった事が悲しかった。

暴力と暴言に破壊された心は二度とは元には戻らないでしょう。

父親が、母親が、兄がしてきた虐待という傷はそれだけ深いのでしょう。






冷静に見てると、また解離してました。





PTSDと戦う決意をしたのに、あの時の僕は今にも折れそうでした。







死にたかった。






自殺願望が激しくなり始めました。

今すぐに死ななきゃ・・・。

それでも大切な友達を悲しませたくない。

それで何度も何度も自殺を諦めました。













虐待児としてのスタートは絶望に満ちたものでした。