震えながら万能カッターを持ちながら、もうどれぐらい経っただろう。
夜は更けたのかもしれません。
街は眠って、人は明日への準備をしていたのかもしれません。
誰かは遅い夕食の後でテレビを見ていたかもしれません。
そんな事なんて頭に浮かばなかった。
今、頭の中にある事は自殺する為の覚悟でした。
右手に握ったカッターを首に刺せば全てが終わる。
手に汗が滲み、体は小刻みに震えていました。
多分、フラッシュバックが止め処なく頭を過ぎっていたのでしょう。
母から、父から、兄から殴られる恐怖に怯えていたのでしょう。
5年以上も前の痛々しい過去は未だに僕の中で過去にすらなりきれず、僕を支配していたのでしょう。
右手のカッターには希望にも似たものを感じていたと思います。
そして、僕は息をゆっくりと吸い目を閉じました。
カッターを首に刺す為の最後の瞑想のようなつもりでした。
この息を吐き終わる頃には、僕はただの肉の塊になる。
この閉じた目は二度と開く事は無い。
思い残す事が無いと言えばウソになる。
でも、それよりも辛かったから・・・。
次の瞬間。
僕の携帯が鳴りました。
時刻は既に夜の一時。
先輩からでした。
とにかく驚いたのを覚えています。
とりあえず電話に出よう、と思い電話を取りました。
「もしもーし!今度よぉ一緒に酒呑もうぜ!じゃあな!!」
その先輩は滅多に電話なんてしてこない人でした。
呆気にとられて、ただ「はい。」としか言えなかった。
そしてカッターの事を一瞬忘れてしまいました。
一緒に酒呑む約束しちゃった・・・。死んじゃ駄目じゃん。
他愛も無い約束でした。
破ろうと思えば破れたはずでした。
でも、自殺する気持ちなんて起きなかった。
僕にとって先輩や同期や後輩といった仲間は何よりも大切なものでした。
そんな人との約束は破れない。
妙な義務感でしたが、そんな事を思いました。
僕は 自殺を止めたんじゃない、止めさせられたんだ。