カッターを持った次の日。
僕はまた情報収集をしていました。
何とかして自分を救わなければ、いつか必ず自殺する日が来る。
それは確信にも近い思いでした。
生きてなんていたくない、だけど、死んだら仲間がきっと悲しむ。
自分の為じゃない。
全ては仲間の為に。
偽善と言われればそれまでですが、これが当時の本心でした。
自分というものに何の価値も見出せなかった僕の唯一の生きる意味でした。
そして、僕はある本と出会いました。
題名は「毒になる親」。
毒々しい紫の表紙。
細かい字で、細々と書いてある文章。
それは論文と呼ぶにふさわしい内容でした。
それはその後、僕のバイブルとなる本でした。
虐待とは何か、虐待児はどうなるのか、その後のケアは?
そういったものが書かれていました。
まるで僕だけに語りかけてくるような文章でした。
それだけ虐待児の典型だったという事なのでしょう。
読んでいる途中、何度もフラッシュバックを起こしました。
何度も読むのを諦めようとしました。
それでも一ヶ月以上も掛けて、僕は本を読み終わりました。
心が全て砕かれたような思いでした。
必死になって、普通を装ってきた自分が壊された。
そして、何故か小さな勇気のようなものが心に灯りました。
ロウソクの火のように弱弱しいものでしたが、それは確実に僕の中にありました。
その勇気が今なら解かる。
虐待を乗り越えそれを糧にして生きていく事。
それが小さな勇気となって僕に宿りました。
当時はまだ何が自分をそんな気分にさせているのかさえ解かりませんでした。
そして、それからゆっくりと僕の嘆きが心に響くようになりました。
今まで耳を閉ざしていたものが、聞こえるようになりました。
それは本当の自分の声。
虐待という事実に傷付けられた嘆き。
蹂躙された怒り。
無視をしてきた悲鳴。
人には言えない心の傷がどれだけ傷ついてきたかを僕に伝え始めました。