2007年5月12日土曜日

余談

一応、家族構成を説明しておきます。

僕には兄が二人居ます。

三歳年上と一歳年上の兄です。

僕は三人兄弟の三男です。




母も話を聞く限り虐待児だったそうです。




母の兄弟はとても不仲です。

育ち方のせいもあるのでしょう。

母の父、つまり僕の祖父は相当なギャンブラーだったようです。

代々受け継がれた土地や財産を一人で食い潰してしまったのだそうです。

その恨みが晴れないのか、母は祖父をとても憎んでいます。




僕が想像するに非常に複雑な家庭だったのでしょう。



母が歪んだ原因はそこにあるようです。





一方、父は酒乱の父親を持っていたようです。

父方の祖父は戦争で親友が目の前で戦死するところを見てしまったようです。

その話を涙しながら僕に話してくれた事があります。

戦後、祖父は家庭で酒に酔い暴れていたそうです。

父はそれを見ながら育ったのでしょう。





父もまた酒乱でした。




両親共に親に恵まれなかったという点では親も虐待児なのかもしれません。

水腎症

僕が幼稚園に入園してから間もなくのある夜でした。





「痛い痛い痛い!!!」





兄がお腹を抱えて苦しんでいるのです。

両親も飛び起きて、様子を見に来ました。

とても普通の状態じゃない。

兄の額からは汗がボタボタと落ち、顔は苦痛に歪んでいました。






「救急車だ!救急車!」





父親が叫びました。

急いで救急車を呼ぶ母。

待っている間も苦しむ兄。

どうする事も出来ない自分。

そんな混乱した中で救急車が来て、兄は病院へ搬送されました。





病名は「水腎症」。





死ぬ事は無いけれど、腎臓を一つ摘出しなければならない程の大病でした。

それから母は兄に付きっ切りになりました。

国立の病院へ入院しなければならない程の症状だったそうです。

兄はお腹から背中に掛けて、大きな手術痕が残る手術をしました。

その後も点滴だけの生活が一ヶ月ほど続いたそうです。





チューブだらけの兄を見て、父は初めて家族の前で泣きました。




とにかく助かってよかった。

その思いが家族を包みました。













その手術が原因で家庭が崩壊するなんて誰も知らずに。

2007年5月11日金曜日

歪み始めた家庭

三歳の時、我が家は既に歪み始めていました。

母親は暴力を振るいましたが、父親の前では何もしませんでした。

いや、出来ませんでした。

なぜなら、父親は母親に暴力を振るっていたからです。

母親は父親を恐怖の対象として見ていたのです。

父の暴力は僕ら子供には向けられませんでした。

父は自分なりに気をつけて子育てをしていたようです。






しかし、母へ暴力を振るう父を僕は敵として見ていました。






今分かる事ですが、それも母の作戦だったのです。

父が仕事で家に居ない時には僕ら兄弟は徹底した父の悪口を聞かされていました。





その結果、父は敵、母は味方という負の家族関係が出来上がっていたのです。





母からの暴力へは怯えていました。

しかし、父の暴力の方がもっと恐ろしかった。

男と女の力の違いをハッキリと認識していたのだと思います。





母からは家の事は絶対に口外するなと言われていたので、誰にも言えなかったです。




それが幼稚園に入る前までの僕の家庭でした。

まだ完全には崩壊しきってはいなかったのだと思います。













あんな事が起こる前までは。

三歳の時

僕の記憶で覚えている最初の場面は、母親におんぶしてもらっていたところから始まります。

家に帰るとそこは本当に強制収容所のようなものでした。

少しでも母親の気分を害すと兄弟3人そろって正座を一時間ぐらいさせられ、ずっと殴られていました。





これは三歳の時の話しです。





三歳の子供相手に一時間、殴打をする母親。

そこには安心感とは程遠いものがありました。




何度も何度も泣きました。




そして泣くとそれが勘に触るのか、また殴られました。

口と鼻からは血が出てました。

それでもそれが僕の日常だったのです。

愛する親からの暴力に心はドンドンと歪んでいきました。

どんなに殴られても、親から愛されたい。

そんな切ない願いも儚く散っていきました。













これが僕が三歳だった時の家庭です。

初めまして

初めまして。

のりをと言います。

生まれも育ちも東京です。

なぜ、ブログを立ち上げたのかというと。







この思いをどこかに吐き出したかった。






僕は今年で20歳です。

でも今まで一度も家庭に居て安心した事は無いです。






そう、虐待児です。






ここには出来るだけ多くの事を書きたいと思います。

同情はいりません。

慰めて欲しい訳でもありません。

ただ、ここに思いを吐き出したいだけです。

そして、同じ立場の人達に伝えたい。





決して自分が異常なんかじゃないのだと。





そして説明したい事があります。

僕は解離性健忘という状態です。

記憶の順序がバラバラだったり、大幅な記憶の欠損があります。

局所的な記憶喪失です。

その為、覚えている事だけしか書けません。

それを踏まえて、読んで頂きたいと思います。






次回から僕が三歳だった時の話を始めます。