2007年5月25日金曜日

家族の欠片

あの夜から何日経ったのか、僕には分かりませんが気が付いたら顔の傷は治っていました。

記憶障害なのでしょうが、記憶が非常に曖昧・・・というか無いんです。

それでも、今も傷跡だけは残っていますが。








長兄はもう中学生になっていました。








イジメはエスカレートする一方でした。

その頃には服を切られるなんて当たり前でした。

体中アザだらけで帰ってきたり、歯が折られたり、教科書がズタズタだったり。

何が正常で何が異常なのか分かりませんでした。

あの時には長男は完全に狂っていたのでしょう。









ある夜、うなされる兄の叫び声で家族全員が起きました。









「やめろー!やめてくれえぇえぇえええぇぇええぇぇ!!!」









今でも頭から離れる事は無いです。

必死とはまさにアレを言うのでしょう。








次の日の朝、兄は普通に起きて学校へ行きました。








そして、学校から帰ってきた兄を見て母親は尋ねました。

学校で何があったのかを・・・。

もう転んだなんて嘘で隠し切れるほどのケガではありませんでしたから。

すると兄は







「うるせえええぇええぇぇぇええぇ!!!!」








と叫んで母親を殴りつけました。













家庭内暴力が始まった夜でした。

2007年5月22日火曜日

激痛と共に

学級崩壊のせいで先生は急遽、家庭訪問を始めました。

もちろん、その中心に僕とKが居た事も全ての親達に伝わりました。

学級崩壊の話を家庭訪問で聞いた両親。

世間体を最も大切にする母親の逆鱗に触れるには十分過ぎたのでしょう。







家庭訪問の夜、僕を待っていたのは正に虐待でした。







正座をさせられ、殴られ、怒鳴られ、殴られ・・・。

何度も倒れこみましたが、強制的に正座をさせられました。







「お前のせいでお母さんの評判がどれだけ落ちたと思う!!」







「お前をここまで育ててやったのは誰のお陰なんだ!!」








永遠とも感じられる時間がそうして過ぎていきました。

ただ、親から殴られるだけの絶望。

それは簡単に僕の心を破壊していきました。








あの時、殺されていれば良かった。







半殺しとはあれを言うんだなぁ、とその後しみじみ思ったものです。

自殺願望はありましたが、あの時に初めて本気で死のうと思ったのだと思います。






親に迷惑を掛けて生きている価値があるのか?

ここまで親を苦しめる自分が生きていて良い筈が無い。

どうせ学校での態度も変えるつもりは無い。

だって、学校の教師はクズばっかりだから。

兄の虐めを見てみぬフリをする教師だけなのだから。

でも、自分に兄の虐めを止める術は無い。

無力な自分が心の底から嫌いだった。







殴られながら、とても冷静にそう思っていました。






綺麗事なんか聞きたくなかった。






ただ僕と兄弟を救って欲しかった。

普通の学校生活を送らせて欲しかった。

普通の家庭で育ちたかった。







殴られ始めてどれぐらい経ったでしょうか。







夕暮れ時だった空は真っ暗になっていました。

口から出る血を拭く力さえ残っていませんでした。

全身の力が抜け、倒れる事しか出来なかった。







早く死ななきゃ。






そう強く思ったのを覚えています。













小学校四年生、10歳の時でした。