2007年6月16日土曜日

血塗れの手

あれは兄をスパナで殴りつけ、大怪我をさせた夜でした。





両親は酷く僕を叱りました。




もちろん、暴力も一緒に。

怒鳴られながら殴られる僕。

あぁ、またいつもの感覚だ。

自分が自分では無い感覚。

今殴られているのは僕じゃないんだ。






「ただの喧嘩にしてはやりすぎだろうが馬鹿者!!」





覚えている両親の言葉はそんなものでした。

この時、僕は思いました。





この人たちは何を言っているんだろう?





今まで散々僕を殴りつけてきたのは長男とお前らじゃないか。

散々子どもの目の前で喧嘩をしてきたのはお前らじゃないか。

長男の暴力を無視し続けたのはお前らじゃないか。

耐え切れなくなった心が爆発したんだよ。

それをただの喧嘩だと?





殴られながら、ただ冷静にそう思っていました。





何も解かってない両親に激しい怒りを覚えました。

ただの喧嘩でスパナで殴るなんてありえないじゃないか。

何で家庭の事を、僕の事を無視するの?

僕は産まれてこなければ良かったの?





死にたかった…。




全てに絶望していました。

産まれて来た事、長男の僕への暴力の無視、激しく燃える怒り。

何もかもが壊れていたのでしょう。





ただ、死にたかった。



綺麗事なんて聞きたくなかった。

生きていれば良い事あるよ、なんて言葉なんか信じていなかった。

だって、今まで生きてきて良い事なんて何一つ無かったのだから。












そして、僕のリストカットが始まりました。

2007年6月14日木曜日

殺人未遂の夜に 

気が付くと、僕は中学生でした。

小学校高学年~中学生前半までの記憶が無いんです。

学校の事は覚えています。

家の事だけ記憶が抜け落ちているのです。

病院で聞いたところ、解離性健忘というものらしいですが。






気が付くと中学生の僕が居ました。





僕は五歳から武道をやっていました。

中学生にもなると、長男よりも強くなっていて暴力を振るわれる事はありませんでした。







僕に残っていたものは激しい怒りだけでした。






何があろうと長男と両親を殺すんだ、と思っていました。

怒りだけで生きていたのでしょう。

何度も言いますが、今はそんな事は思ってません。

けれど、当時は本気でした。

僕の流した血の分、奴らにも血を流させてやる、と思っていました。






ある日の事でした。




何が原因かは解かりません。

長男と喧嘩をしたんです。

喧嘩はエスカレートし、僕の怒りは頂点に達したのでしょう。







近くにあったスパナで長男の頭を殴りつけました。






長男は倒れ込み、頭からは大量の血が出ていました。

うめき声を上げながらうずくまる長男を見て、僕は高笑いしていました。






これでやっと一人死んだ!

殺してやった!

苦しみながら死んでいけ!





そんな事を思っていました。

長男は失神していましたが、命には全く別状が無い程度の怪我でした。

血が大量に出た事で死んだと勝手に決め付けていたようです。






しばらく僕は放心状態でした。




血塗れで倒れこむ長男を見て、ただ呆然としていました。

これで一人殺した・・・。

実の兄を殺してしまった。






「あと二人・・・。」




小さな声で言ったのを覚えています。

親が帰ってきてからの事はあまり覚えてません。

ただ、兄の傷は大したことは無く、生きている。

それしか覚えていません。













殺人未遂をした夜でした。