2007年6月25日月曜日

卒業の前に…

受験が終わり、卒業も目の前になった二月後半。

僕は全く卒業の実感がありませんでした。

卒業と共に、僕は引っ越す事になっていました。

あまりの治安の悪さに両親が耐えかねたのです。





後輩が母親を殺してしまったんです。




僕の両親が知らない所で近い事は沢山あったので、僕は大して驚きませんでしたが。

それをキッカケに両親は引越しを決めました。





僕の地元は少し変わった所でした。





幼稚園から中学卒業までメンバーが変わらないんです。

狭い地域だったので、メンバーの移動が無かったんです。

みんなが幼馴染みたいなものでした。






高校に入れば、中学を卒業すればみんなと毎日会えない・・・。





そんなの信じられなかった。

もはや兄弟とも言える友達との別れ。

会おうと思えば会えますが、毎日会える訳じゃない。

いつもみたいに下らない話で騒げる訳じゃない。

たまに会う程度になってしまうんだ・・・。






涙を流して家族の事を打ち明けてくれたS。

リスカをして泣いて電話してきたN。

それを抱きしめて慰めた僕とH。

いつも夜中から夜明けまで話したU。

唯一、僕が家庭の事を打ち明けたK。

いつも何かと支えてくれたR。

さりげなく励ましてくるA。

何も言わず、隣りに居てくれたM。

大好きだった保健室の先生。






何より、初恋の相手Y。





そんな人達のとの別れなんて信じる事が出来なかったのです。

大げさだと思いますか?

だけど、僕にとってはとても大きな衝撃だったのです。

それは本当に・・・大きな衝撃だったんです。





家庭で限界まで溜めたストレスを、唯一発散させてくれたのは友達でした。

誰にも言えない心の傷を、言わなくても理解してくれたのは友達でした。

同じ悩みを持って、励まし合い、支え合ってきたのは友達でした。

普段、能面のような顔の僕に涙の流し方を教えてくれたのは友達でした。

一緒に泣いてくれたのは友達でした。

僕の心が安らぐたった一つの場所が友達でした。






辛い時も、楽しい時もいつも傍にいてくれたのは・・・友達でした。





隣りに友達が居ない事なんて想像出来なかった。

引っ越しで帰る場所が地元じゃないなんて信じられなかった。

新しい友達なんていらない。

ただ、この友達が傍に居てくれさえすれば何もいらない。













僕は放心状態になったまま、三月を迎えました。

2007年6月24日日曜日

受験

僕の中で受験は高校へ入る試験ではなく、周りにいる大人達への復讐の手段となっていました。

勉強でしか人を計らない大人への復讐でした。

気が付くと、もう十二月・・・。

クリスマスが近くて、パーティーに呼ばれたりしましたが、勉強があるからと断りました。





何も感じない。




冷たく凍った心は冬の寒さにも似ていて、僕は冬が好きでした。

夜はベランダに出て、星を眺めながらボーっとしていました。

我が家は都内ですが、かなりの田舎なので星が綺麗だったんです。





腕を切り、ベランダで星を見る。




これが僕の日課でした。

両親の喧嘩だけは続いていましたが、それ以外は我が家は平穏でした。

その頃はもう既に家族には何も期待していなかったので、何も思いませんでしたが。

もう壊れた僕には関係の無い事でした。





その時の僕の状態はと言えば。





原因不明の激しい頭痛、不眠、感情の著しい欠如、リスカといったものでした。

最悪でした。

でも、それが普通だったから何も思っていなかったのですが。





それから毎日勉強を続けました。




やっと受験の日を向かえ、僕は全力で試験に臨みました。

今までの成果を発揮して、何としても合格しようとしました。

結果は学区内でも五本の指に入る進学校に合格しました。






全く嬉しくありませんでした。





ただ、周りの大人は衝撃だったでしょう。

学級崩壊させていた張本人が進学校へ入学出来た事が。

受験後、僕は完全に絶望していました。

受験が終わって浮かれる友達と何となく騒ぐ毎日がまた来たのですから。

勉強をしている間は忘れる事が出来た事を、嫌でも考えなければならないのですから。













そして、卒業までにあんな事が起きるなんて誰が想像できたでしょう。

始まった復讐

狂ったように受験勉強を始めたのは、夏期講習の頃だと思います。

中三までの二年間は勉強を全くしなかった事もあり、成績はオール2でした。

人より二年分遅れている僕の学力を取り戻すため、一日平均で十時間ぐらい勉強をしました。






原動力となっていたのは、大人に対する激しい怒りでした。




勉強が出来れば良い、勉強が出来なければゴミ以下。

ふざけんな、と思っていました。

勉強でその人の何が解かるというのか?

そんなものでしか人を判断出来ないのか?

だったら、俺は勉強出来るようになって、お前らに言ってやる。






「勉強なんて何の価値も無い。こんな人間としてクズのような奴でも勉強さえ出来れば認められるんだよ。」と。





その思いは非常に強く、僕を動かし続けました。

成績はみるみる上がり、僕は二学期にはオール4ぐらいの成績を取っていました。

怒りに支配されていたのです。

リストカットも続いていました。

壊れた僕は全てを呪っていました。






母親、父親、長男、教師、全ての大人、そして自分自身を。





その呪いはこれから先、僕を苦しめる事になりますが、それは先の話。

涙が枯れ、感情が無くなり、勉強とリスカをする毎日。













気が付くと受験は目前でした。