2007年7月7日土曜日

放課後の美術室

それはある日の放課後の事でした。

僕は担任の女性に呼び出されました。





「のり、ちょっと良いかな?」




いきなりの事に少し戸惑いましたが、僕は先生の所へ行きました。

担任は美術の先生でしたので、美術準備室という先生のプライベート空間に呼ばれました。

いつものように死んだような目で僕は椅子に座りました。

先生はココアを僕に差し出して





「飲みな。落ち着くから。」




と言いました。

何のことを言っているのか全く解かりませんでした。

黙って座っている僕に向かって先生は言いました。





「お前は何を抱えてるんだ?お前の目は悲しい色をしているよ。

私は美術の先生だから目を色で見るているの。

貴方の目の色は本当に悲しい色をしている。

失恋とかそんなレベルじゃない、何かを背負っている目の色だよ。

高校に来る前に何があったの?」





僕は…数秒黙ってから口を開きました。





「俺…リストカットしてるんです。

死にたいんです。

もう限界なんです…。」




先生は言いました。




「死んだら駄目だよ…。

今まで一人で辛かったね。

でも、もう一人じゃない、一人になんてさせない。

あたしが付いてる。

だからさ、ゆっくりで良いから生きていこう。」













僕が恩師と出遭った瞬間でした。

2007年7月5日木曜日

言葉の力

過去の家庭の記憶が殆ど無くなった状態で僕は高校へ通いだしました。

残ったものは重くのしかかる自殺願望と、体中に残った家庭内暴力の傷跡とリストカットの傷跡でした。

家庭に恵まれていない事だけはハッキリと覚えていましたが。

高校で新しい友達を作る気持ちにはなりませんでした。






恵まれた家庭に産まれた奴らに何が解かるんだ。





そんな事を思っていました。

地元の友達はみんな複雑な家庭に産まれた子ども達でした。

だからこの傷の痛みを理解してくれた。

だけど、高校の奴らなんて殆ど恵まれてるんじゃないか?






普通の親、普通の兄弟、普通の家庭。





それは憎しみにも似た、憧れだったのでしょう。

自分に無いものを持っている人への憧れだったのだと思います。

けれど当時はこれほど冷静では無く、同世代の人間に対する激しい憎しみを抱いていました。






そしてリストカットの傷跡だけは見られないように警戒しながら生活していました。





疲れていました。

多分、疲れきっていたのだと思います。

自殺願望は日を増すごとに強くなりました。

そんな時、卒業の時に保健室の先生に言われた言葉が頭を過ぎりました。







「のり…これから先何があっても死んだら絶対ダメだよ!」






あぁ、死んだらいけない、そう思いました。

死んだような目で高校生活をしていました。





友達なんていらない。




何もいらない。

体も、お金も、命も。

全身で生きる事を拒否していました。

そんな事を思いながら高校生活は一ヶ月を過ぎようとしていました。













そんな時、僕は担任に呼び出されました。

2007年7月1日日曜日

失われた記憶

卒業目前の三月。

僕は放心状態でした。

大好きな友達との別れ。

大好きな地元との別れ。

僕には受け入れられるはずがありませんでした。





卒業式前日。





僕は特に仲の良い友達五人と帰りました。





あぁ、これでみんなで帰るのは最後なんだなぁ、と他人事のように思っていました。

信じられなかった。

夜は一人で泣き明かしました。





そして卒業式の日。




僕は式の間中、泣きっぱなしだった。

辛い経験を分かち合った友達との別れ…。

それは耐え難い苦痛を僕にもたらしました。





その日の夜。



僕の記憶が飛んだのです。

過去に家庭であった事全てが消えたんです。

なぜなのかは解かりません。

多分、友達との別れが大きなショックだったのでしょう。





僕に残っていたのは…自殺願望だけでした。



家庭であった辛い経験は全て忘れてしまいましたが、心は正直でした。

無意識のうちに溜め込んだ苦しみは根強く僕を支配していました。













そして、僕は高校に入学しました。