2007年12月15日土曜日

バイブル

カッターを持った次の日。

僕はまた情報収集をしていました。

何とかして自分を救わなければ、いつか必ず自殺する日が来る。

それは確信にも近い思いでした。







生きてなんていたくない、だけど、死んだら仲間がきっと悲しむ。






自分の為じゃない。

全ては仲間の為に。

偽善と言われればそれまでですが、これが当時の本心でした。

自分というものに何の価値も見出せなかった僕の唯一の生きる意味でした。






そして、僕はある本と出会いました。






題名は「毒になる親」。

毒々しい紫の表紙。

細かい字で、細々と書いてある文章。

それは論文と呼ぶにふさわしい内容でした。

それはその後、僕のバイブルとなる本でした。







虐待とは何か、虐待児はどうなるのか、その後のケアは?






そういったものが書かれていました。

まるで僕だけに語りかけてくるような文章でした。

それだけ虐待児の典型だったという事なのでしょう。

読んでいる途中、何度もフラッシュバックを起こしました。

何度も読むのを諦めようとしました。







それでも一ヶ月以上も掛けて、僕は本を読み終わりました。






心が全て砕かれたような思いでした。

必死になって、普通を装ってきた自分が壊された。

そして、何故か小さな勇気のようなものが心に灯りました。

ロウソクの火のように弱弱しいものでしたが、それは確実に僕の中にありました。

その勇気が今なら解かる。







虐待を乗り越えそれを糧にして生きていく事。






それが小さな勇気となって僕に宿りました。

当時はまだ何が自分をそんな気分にさせているのかさえ解かりませんでした。

そして、それからゆっくりと僕の嘆きが心に響くようになりました。








今まで耳を閉ざしていたものが、聞こえるようになりました。







それは本当の自分の声。

虐待という事実に傷付けられた嘆き。

蹂躙された怒り。

無視をしてきた悲鳴。













人には言えない心の傷がどれだけ傷ついてきたかを僕に伝え始めました。

2007年12月14日金曜日

心の涙

震えながら万能カッターを持ちながら、もうどれぐらい経っただろう。

夜は更けたのかもしれません。

街は眠って、人は明日への準備をしていたのかもしれません。

誰かは遅い夕食の後でテレビを見ていたかもしれません。







そんな事なんて頭に浮かばなかった。






今、頭の中にある事は自殺する為の覚悟でした。

右手に握ったカッターを首に刺せば全てが終わる。

手に汗が滲み、体は小刻みに震えていました。






多分、フラッシュバックが止め処なく頭を過ぎっていたのでしょう。






母から、父から、兄から殴られる恐怖に怯えていたのでしょう。

5年以上も前の痛々しい過去は未だに僕の中で過去にすらなりきれず、僕を支配していたのでしょう。

右手のカッターには希望にも似たものを感じていたと思います。







そして、僕は息をゆっくりと吸い目を閉じました。






カッターを首に刺す為の最後の瞑想のようなつもりでした。

この息を吐き終わる頃には、僕はただの肉の塊になる。

この閉じた目は二度と開く事は無い。

思い残す事が無いと言えばウソになる。

でも、それよりも辛かったから・・・。







次の瞬間。






僕の携帯が鳴りました。

時刻は既に夜の一時。

先輩からでした。

とにかく驚いたのを覚えています。

とりあえず電話に出よう、と思い電話を取りました。








「もしもーし!今度よぉ一緒に酒呑もうぜ!じゃあな!!」







その先輩は滅多に電話なんてしてこない人でした。

呆気にとられて、ただ「はい。」としか言えなかった。

そしてカッターの事を一瞬忘れてしまいました。







一緒に酒呑む約束しちゃった・・・。死んじゃ駄目じゃん。






他愛も無い約束でした。

破ろうと思えば破れたはずでした。

でも、自殺する気持ちなんて起きなかった。







僕にとって先輩や同期や後輩といった仲間は何よりも大切なものでした。






そんな人との約束は破れない。

妙な義務感でしたが、そんな事を思いました。













僕は 自殺を止めたんじゃない、止めさせられたんだ。

2007年12月13日木曜日

自殺未遂?

この頃には、自傷行為も酷いものになりました。

リスカは目立つからという理由で僕はアームカットをし始めました。

血の量は少ないけれど目立たない。

だから、ズタズタに切り刻んでしまう。

良い事では無いけれど、少しでも発散しないと壊れてしまいそうだった。







PTSDは毒を増し、僕の心を支配しました。






正しくは、傷の深さを自覚し始めただけだと思いますが。

辛い事が続くと何が辛いのかさえも解からなくなりました。

僕が受けた暴力のピークはもう5年も前の話になっていました。

生まれてから13歳までが肉体的、精神的虐待の時代でした。

高校卒業までは精神的虐待の時代でした。







13歳を頂点とする虐待の傷。






思ったよりも深かったようです。

暴力や暴言から逃れてさえも、苦しみ続けなければならないほどに。







考えてみれば僕が精神障害者になるのは当たり前だった。






ずっと殴られ、蹴られ、倒され、ぶつけられてきた。

ずっと耐え難い言葉に耐え続けてきた。

ずっと耐え難いものを見せ付けられてきた。








壊れない方がおかしいんです。







だから僕は壊れた。







絶対に消えないぐらい深い傷を作ってやった。








生きている事が罪だと感じていました。

こんな最低な野郎が生きていていい筈が無い。






何より死にたいんだ!!





殺してくれ誰か!!

人殺したい奴、殺して良いよ。

もう嫌だ!たくさんだよ!!














こんな思いが頭を駆け巡り僕は右手に万能カッターを震えながら持っていました。

2007年12月12日水曜日

届かない思い

僕の心は芯から虐待児の血に染まっていました。

表面的には親と兄を憎んでいました。

それは殺意と呼んでも構わないほどに。

そして、その気持ちはウソでは無かったと思います。








それでも・・・どこかで諦められない気持ちがあったのだと思います。







あの時は楽しかったはず、とか。

あの時は嬉しかったはず、とか。

あの時は笑っていたはず、とか。

下らない思い出が僕が幸せだったんだと、思い込ませていました。

18年も生きていれば、一日ぐらい親から愛情を貰った日があったかもしれない。

その思い出にすがり、親から愛されていたと思いたかったんだと思います。







殺意を感じる相手から、愛情を受けたい。







激しい矛盾でした。

どちらが本音かと言えばどちらも本音でした。

そして、事実を冷静に見れば僕は間違いなく虐待児だった。

どうして虐待されるかと言えば愛されていなかったから。








感情を取り除いて事実だけを見れば、答えは悲しいほど簡単に出ました。






心の底に堅く封をして、閉じ込めていた小さな希望さえ捨てることになりました。

親からは愛されていなかったのだと認める事。

愛情ではなく虐待を受けて育ったという事。

この事実は僕に惨たらしい程の傷を負わせました。






これを思った時、悲しかったんだ。






本当ならば親は子どもを愛すべきで。

ごく普通の家庭ではそれは当たり前で。

そんな当たり前の事さえして貰えなかった事が悲しかった。

暴力と暴言に破壊された心は二度とは元には戻らないでしょう。

父親が、母親が、兄がしてきた虐待という傷はそれだけ深いのでしょう。






冷静に見てると、また解離してました。





PTSDと戦う決意をしたのに、あの時の僕は今にも折れそうでした。







死にたかった。






自殺願望が激しくなり始めました。

今すぐに死ななきゃ・・・。

それでも大切な友達を悲しませたくない。

それで何度も何度も自殺を諦めました。













虐待児としてのスタートは絶望に満ちたものでした。

2007年12月10日月曜日

本心

HPに救われた、あの日。

僕の意識の全ては変わりました。

自分の内側に目を向けよう、と思い始めました。

気付かない振りをして、無視し続けてきた闇に目を向けようと。

枯れてしまった感情を取り戻そうと。







そして、それは虐待とPTSDとの長い戦いの始まりでもありました。






全ての虐待児が自分の精神を省みて、進み始める事はゼロからのスタートではありません。

それは絶対零度からのスタートなんです。

現実はそんなに僕に対して優しくは無いものでした。









張り詰めた糸が切れるが如く。

凍りついた海に放り出されるが如く。

暗闇で唯一の光を消されるが如く。










虐待児として一番最初にするべき傷の癒しとは。








「自分は虐待を受けたと認める事。」








親からは愛されていなかったと認める事でした。

それは耐え難い苦痛でした。

たとえどんな親であろうと、僕は彼らの子どもです。

アル中でも、暴力を振るったとしても、侮辱しようと、彼らは僕の親だった。









どんな親でも僕は親を心の底では愛し、愛されたいと願っていました。







僕の心は僕が真摯に向き合えば、しっかりと答えをくれました。








愛情を注がれて育った。







これが僕の心の答えでした。

そして、それを否定する事から僕の再スタートは始まったんです。

それが傷を癒す第一歩なのだから・・・。







悲しい始まりでした。

孤独な始まりでした。

辛い始まりでした。













それでも、そうしなければ僕の心は本当に死んでしまうから。