両親から長男から受けた傷は、PTSDという形で僕の心に深い傷を負わせました。
誰からも理解されない、厳しい時間を過ごすことになりました。
涙が出ないほど絶望することになりました。
けれど、今は違う。
一人かもしれないと思った時に、仲間がちゃんと心の中に居る。
一人なんかじゃない、と何度も救ってくれる。
もう孤独の闇は心を支配することは出来ません。
だから、もう昔の話にしても良いのかも知れません。
「苦しかった時もあったけど、今は幸せだよ。」
そう胸を張って言っても良いんだろう。
だって、もう一人じゃないから。
苦しい時間は、本当に耐え難いものでした。
結局、弱い僕は三回も人生を投げ出そうとしました。
何度も挫けました。
悲しみました。
諦めました。
怒りました。
呪いました。
そうすることでしか感じられない、本当に大切なものがある事に最近気が付きました。
闇の部分を通してしか得られない幸せがあることに。
誰の人生も薔薇色なんかじゃない。
決してそんな救いがあるものではない。
辛く苦しいものです。
幸せはそんなに大袈裟にやってきたりはしない。
幸せは日常の中に、とても自然に溶け込んでいるんです。
当たり前な顔をして、当たり前のように。
そして、それは決して当たり前なんかじゃない事に気付く時、僕は何にも勝る幸せを感じます。
何故なら幸せは一人では味わう事が出来ないから。
大切な仲間、趣味、恩師たちが僕の人生をこうしてくれた。
確かに人は何よりも汚く、弱いものです。
でも、何よりも綺麗で、強いものなんです。
PTSDという闇は、間違いなく僕をさらに幸せにしてくれました。