2008年2月9日土曜日

忘却

 気が付くと朝だった。

死のうと思ったはずなのに…さっきまで夜だったのに…。

右手には万能カッターが握られていた、左手には携帯が握られていた。

携帯の着信を見てみると14件。

何がなんだか解からない俺はとりあえず、電話してきた友達に電話した。







「昨日電話貰ったみたいなんだけ「バカタレがお前は!!!」





驚いた。

そして昨日何があったのかを聞いてみた。

すると、ショッキングな事実が判明した。







万能カッターを首に当て自殺しようとした所までが俺の記憶。






それから俺は友達に遺言を残そうと電話をしたみたい。






「今まで本当にありがとう、ごめん・・・・・・。」





この言葉を最後に電話が切れたらしい。

友達は俺のマイミクにメッセージを送って、






「今、のりが自殺するかもしれないので電話して下さい!」





と送ってくれたらしい。

そしてマイミクの友達も何回も電話したけど結局俺は出なかった。

もちろん、寝ていたわけじゃない。

多分、フラッシュバックに耐えられずに気絶してしまったんだろう。

そして朝一で電話したら、さっきのようなやりとりになったわけです。






何回も謝った。





時には泣きながら謝った。

大切な人たちを傷つけた。

深い罪悪感を感じたし、本当に申し訳無いと思った。

本当にごめん。

でもね、俺はあの時限界だったんだ。

何度も我慢した自殺願望を実行してしまったんだ。

気絶したのは運が良かったから。

あのまま死んでいても何もおかしくないような状況だった。

未遂で済んだのは運命だと思う。

俺はこれから生きていかなければならないんだと思う。













今では未遂で本当に良かったと思う。

2008年2月5日火曜日

ただ死にたいだけなんだ

そして僕の体調はまた崩れました。

レスは副管理人のお坊さんにお願いしました。









自分が自分で無い感覚。

フラッシュバック。

アムカ。









酷い状態でした。

自分の手なのに誰の手か解からない。

自分の見ている景色なのに、誰の景色か解からない。

怖くなって足を叩いても少ししか感覚がない。






僕は誰なの?どうして生まれなければならなかったの?






フラッシュバック。

過去の虐待の景色が綺麗に映し出される。

あの地獄絵図がまた頭に入ってくる。

ただ震えることしか出来なかった。







「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」








そう言いながら震えていた。







アムカ。

自分の手なのに誰の手かも解からない腕を切り刻む。

痛みがこの腕が自分のものだと教えてくれる。

あぁ自分の腕なんだ・・・。

縦、横、斜めに切り刻んだ腕からは血がダラダラと流れました。







辛かった。






いつまでこんな事が続くんだ!

何度も何度も終わりの無い苦痛を受け入れるだけ、僕の心は強くない。






「死にたい、もう耐えられないよ」







大切な仲間には本当に申し訳ないけれど、本気で死のうと思った。













ゆっくりと万能カッターを首に当てた。

2008年2月4日月曜日

副管理人

ミクシーのコミュの管理をしていた時。

前々から「副管理人」の設定が叫ばれていたのに、管理局が対処したのでしょう。

副管理人が指名できるようになりました。

誰の書き込みにでも必ずレスを付ける事を目的とした僕のコミュでは非常に有効でした。

さすがに一人でレスを付け続ける事にはかなり無理がありました。

それまでも精神のバランスがおかしくなって、何度もレス付けを休んでいた事実もあって。

ピンチヒッターが必要だと痛感していました。

副管理人になってもらう人に迷いはありませんでした。







この前、僕にリンク申請を送ってくれたお坊さんです。






直感で

「この人だ!」

と思いました。

リアルで人を助けているプロ、NPOの活動もしている。

こんなに心強い味方がどこにいるだろうか?

すぐにメッセージを送り、副管理人になってもらえないかと尋ねました。

快諾をしてもらい僕はとても安心したし、本当にありがたかった。








会った事も無い人をどうしてそこまで信用したのか、今でも解かりません。







ただ一つだけ確かな事は、その選択に間違いは無かったという事。

参加者が一万人を越えた今でも非常に大きくて、大切な存在です。

そして、副管理人になって頂いた後もときどき僕は体調を崩しました。

そのたびにレス付けに回って頂きました。

去年も、今年も、おそらく来年も沢山支えてもらう事になると思います。

たぶん何かの縁なのだと思います。








10月ぐらいだったでしょうか。







僕は一つのアクションを起こす事にしました。

それまで僕の過去をコミュで話す事はありませんでした。

何人かから「過去何があったんですか?」と尋ねられた事もありました。

どんな過去があったのか知らない奴なんて気味が悪くてレスなんて欲しく無いのかもしれない。

そんな事情もあって、僕は過去の話トピックで立てました。

簡単にまとめて、簡単な説明をして。








反響がありました。







沢山の暖かい言葉が寄せられました。

なんで俺なんかに・・・とも思いました。

自分自身の価値というのは、全くと言って良いほど知らなかった。

こんな自分に出来る事があるなら、と思ってコミュを管理していただけ。








最低でも僕は自分に対して、僕の仲間と同じ扱いをしても良い。








仲間を大事にするのと同じぐらい、大事にしても良い。

きっと、時間を掛ければ自分の良い所を心から認める事が出来る。

それを信じて今も過ごしている状態です。

前よりは自分を大切に出来るようになりました。








虐待、という事実。







味わった苦痛は一言で形容は出来ません。

「自分」から人間らしさを奪い取るのに事足りる事実。

僕の口から、サバイバー達の口から出る言葉は「普通」の家庭で育った人には、フィクションのように感じられるかもしれません。








自分が自分で無い感覚。








それは「自分」でいては耐えられない現実があったから。

殴られているのは、罵倒されているのは、倒れているのは、血が出ているのは自分じゃない。

虐待という状況下で自分を大切にする気持ちを微塵でも持っていたら、心は死んでしまうから。

「人間」という動物として本能がそう感じさせていたんです。

氷を触ったら冷たいと思うように、逆らいようの無い本能がそうさせていたんです。













リスカ、自己嫌悪・・・・・・自分を傷つける事でしか、生きてこれなかった。

2008年2月3日日曜日

支え

お坊さんと相互リンクを貼った当時の家庭環境はと言えば。








夫婦喧嘩もあまりしなくなった我が家は平穏でした。






何度か長男と次男の衝突があり、それを煽った事がありましたが。

静かな我が家…。

静かでも、騒いでいても居心地は良くありませんでした。

千切れた絆はそう簡単には元に戻らないのでしょう。







長男は何かと僕の世話をやく事がありました。







タバコいる?とか酒飲む?とか。

彼なりのお詫びのつもりだったのだと思います。

一度も過去の事について謝らなかった長男。

それが許せずに殺意さえ抱いた時期もありました。








このままじゃ長男を殺してしまう。







何度もそう思いました。

長男を殺す事だけを希望に生きていた事もありました。

そして怒りの炎は何年も燃え続け、最後には自分自身を焼き尽くそうとしていました。









けれど、時間と共に僕の視野が広がったのかもしれません。








当時の長男の置かれていた環境を汲み取る事が少しは出来るようになりました。

だから、復讐心も和らいであれは仕方無い事だったんだ、と思うようになりました。

両親に対しても同じような気持ちを持っていました。








生まれて初めて怒りから解放された時でした。







何年も燃え続けた炎がゆっくりと小さくなっていくのを感じました。

おそらくコミュでレスを付ける事で、今までの怒りや悲しみが浄化されていたのだと思います。








レスを付けて救われていたのは僕自身だったのです。







今だから解かる。

あの時の言葉の殆どは過去の自分へ向けたものだったのだと。

許す事ではなく、どう受け入れ対処していくか。

無理をせずに時間を掛けろと自分に言っていたんです。

どんな負の経験も無駄にはならないから、死んではならないと。







それに気付いたのはつい最近です。






まだ気付いていないことも沢山あると思います。

コミュと家庭、僕の心の傷は深く繋がっていました。













そんな時にミクシーのシステムが変わりました。