2008年4月7日月曜日

最後に…

このブログに載っている文章は楽しい話ではありません。

長い文章になりました。

これでこのブログは最後にしたいと思います。







思いを全て吐き出す事が出来ました。






少しでも何かを感じてもらえれば、こんなに嬉しい事はありません。

ちなみに僕は今、幸せです。

だから大丈夫。

支えてくれた全ての人に、ありがとうを言わせて下さい。













今まで本当にありがとう、これからも宜しく。

虐待を受けた人へ

どんなに辛かったことでしょう。

どんなに苦しかったことでしょう。

どんなに悲しかったことでしょう。







辛い経験は、自分を友達を大切な人を深く傷つけて、何処にも救いなんてありはしない。







誰にも理解なんてされない。

永遠に一人ぼっち。

助けて欲しいのに、抱きしめて欲しいのに、誰も心の傷なんて見てくれない。

どれほど愛情に飢えているのか、知ろうとさえしてくれない。








貴方は今までどれほど辛い思いを重ねてきたのでしょう。








親を殺してやりたいと思った事もあるでしょう。

そんな事を思っている自分を殺したいと思った事もあるでしょう。

自分なんて死んでも構わないと思った事もあるでしょう。

殺して欲しいと思った事もあるでしょう。








辛い時は辛いって言っても良いんです。








悲しければ悲しいって言っても良いんです。

口にも出せないほど、辛く悲しいのなら態度で示して下さい。

死んでも良い子どもなんて、一人も居ないんです。







虐待を受けたのは決して貴方のせいではありません。

全ての責任は親にあります。

親をかばいたくなる気持ちは痛いほどわかります。

家族の良い思い出もあったりするんですよね?

あんな幸せな時だってあったし…そう思う気持ちも分かります。

子どもは生まれながらにして、親を愛する感情があるんです。

だから自分の親はそんなに酷くなかった、と自分に暗示をかけてしまうんです。

そう思う事で一番苦しむのは自分なのに、そうしてしまうんです。









虐待の傷は深くて、一気に、一人で乗り越える事なんてなかなか出来ません。

休み休み、ゆっくり、焦らずに越えていくんです。









だから、もし苦しい思いをしているのなら病院に行って下さい。







目に見えないだけで、傷は傷なんです。

傷を治すのは医者に任せて下さい。

貴方はゆっくりで良いから思いを吐き出して下さい。








そして、今まで頑張って苦しみに耐え続けた自分を褒めてあげて下さい。








「よく頑張ったね…ありがとう。」と。

これからは肩の力を抜いて、ゆっくりと生きて欲しいと願っています。

心を病んだ友達を持っている人たちへ

友達が心を病んだ時、どうしてあげれば良いのか分からなくなってしまいます。

だって、自分とは全然違うから。

そう、全然違うんです。

だから、解からない事は素直に分からないと言ってあげて下さい。

分からないのに分かった振りをすると、結局もっと深く傷つける事になってしまいます。

それは拒絶しろと言っているのではありません。

貴方にとって、友達が本当に大切な人ならば、分からない所も含めて隣りにいてあげて下さい。

一人じゃないんだと、何度も言ってあげて下さい。

切り刻まれた腕を優しくなでてあげて下さい。

自傷を止められなくても責めないで下さい。

切りたくて切っている人なんて一人も居ません。

死にたくて、でも、それと同じぐらい生きたくて切っているんです。








一言だけ「頑張ったね、もうそんなに頑張らなくて良いよ。」と言ってあげて下さい。













そんな友達のお陰で僕は自殺をせずに済んだのです。

親の人たちへ…

もし、このブログを読んでいる貴方が親という立場にいるのなら。

親がどれほど子どもにとって、強力な力を持っているかを、少しだけでも良いから感じて欲しいと思います。

自分の為ではなく、子どもの為に子育てをしてあげて下さい。

そして親の義務があります。

子どもの精神、身体の安全を確保出来ていますか?

子どもが居るのであれば、これを拒否する権利は誰にもありません。







自分の評判が気になるし、子どもの出来が良い方が親としては良いのも理解出来ます。

子どもが気に入らない事をした時に、殴りたくなったり、怒鳴りたくなる気持ちも分かります。








でも、その前に一度だけ深呼吸をして考えてみて下さい。







本当に手を上げるべきなのか。

本当に怒鳴るべきなのか。

親として正しいのか。








子どもは想像以上に鋭い感覚を持っています。







親が怒りを持って接したのなら、その何倍もの怒りとなって子どもの心に刻まれます。

夫婦喧嘩を子どもの目の前で、何度も繰り返したのであれば、子どもは自分のせいだと自分を責め始めます。

今は目に見えなくても、溜まり続ければその思いはいつか噴き出します。

「お前はダメだ」と言い続けたのなら、本当にダメになってしまいます。

「頑張れ」と言い続けたのなら、自分を殺してでも限界まで頑張るようになってしまいます。








自分の子どもを自殺するほど追い詰めたい親なんて、一人も居ないと僕は信じて疑いません。

だからこそ、親としてあるべき姿で子どもと接して下さい。

頑張ったら、褒めてあげて下さい。

失敗してしまったら、失敗しない方法を教えてあげて下さい。







当たり前な事を、当たり前にしてあげて下さい。













僕のような子どもが少しでも減る事を願い続けています。

感謝

両親から長男から受けた傷は、PTSDという形で僕の心に深い傷を負わせました。

誰からも理解されない、厳しい時間を過ごすことになりました。

涙が出ないほど絶望することになりました。






けれど、今は違う。






一人かもしれないと思った時に、仲間がちゃんと心の中に居る。

一人なんかじゃない、と何度も救ってくれる。

もう孤独の闇は心を支配することは出来ません。

だから、もう昔の話にしても良いのかも知れません。

「苦しかった時もあったけど、今は幸せだよ。」

そう胸を張って言っても良いんだろう。






だって、もう一人じゃないから。






苦しい時間は、本当に耐え難いものでした。

結局、弱い僕は三回も人生を投げ出そうとしました。






何度も挫けました。

悲しみました。

諦めました。

怒りました。

呪いました。





そうすることでしか感じられない、本当に大切なものがある事に最近気が付きました。

闇の部分を通してしか得られない幸せがあることに。

誰の人生も薔薇色なんかじゃない。

決してそんな救いがあるものではない。

辛く苦しいものです。







幸せはそんなに大袈裟にやってきたりはしない。







幸せは日常の中に、とても自然に溶け込んでいるんです。

当たり前な顔をして、当たり前のように。

そして、それは決して当たり前なんかじゃない事に気付く時、僕は何にも勝る幸せを感じます。







何故なら幸せは一人では味わう事が出来ないから。






大切な仲間、趣味、恩師たちが僕の人生をこうしてくれた。

確かに人は何よりも汚く、弱いものです。

でも、何よりも綺麗で、強いものなんです。













PTSDという闇は、間違いなく僕をさらに幸せにしてくれました。